波予報の点数の意味が変わった日|「良い波」から「今の自分で成立する波」へ

Surf-OKの点数は、波の通信簿のようなものだと思っていた。

点数が高ければ良い波。低ければ悪い波。波高、周期、風、潮の条件を組み合わせて、海へ行く前にその日の期待度を数字で見られるようにする。

少なくとも、私は長いあいだそう理解していた。

ところが、ある朝の海を見て、その意味が変わった。

正確に言えば、点数の計算方法をその日に変えたわけではない。変わったのは、自分がその点数を何だと思っているかだった。

始まりは、自分が海へ行くか決めるためだった

夜の机。画面には予報らしい枠だけがあり、窓の外は暗い海
最初は、自分の朝のために作った

Surf-OKは、もともと自分がサーフィンへ行くかどうかを判断するために作った。

波高や周期、風向、潮位を毎回調べ、頭の中で組み合わせる。その手間を減らしたくて、最初は柳島だけを対象に、Google Apps Scriptで判定結果をメール送信していた。

始まりについては、以前の記事に残している。

開発を続けるうちに対象地域も機能も増えた。それでも、出発点にいた利用者はずっと自分だった。

自分のスキル、自分のボード、沖へ出るときの負担。現地へ行って予報と違うと感じれば、その経験をもとに判定基準を調整してきた。

そう考えれば、完全に一般的な点数ではなかった。しかし当時の私は、それをまだうまく言葉にできていなかった。

柳島のメールから、公開できるサイトへ移っていった経緯は、こちらの記事にも書いている。

「後ろに人間が見える」という言葉

画面の後ろに人が立っている。数字の奥に、見ている人がいる
数字だけが並ぶのではなく、見ている人がいる状態

2月20日、自分の中に「後ろに人間が見える」という言葉が出てきた。

自動で予報を出すサイトでも、その後ろには海へ行き、波を見て、違和感があれば考え直している人間がいる。数字だけが並ぶ無機質なサイトではなく、その試行錯誤まで感じられるものにしたかった。

ただ、この時点では、それを開発者の姿勢やサイトの見せ方として考えていた。

点数そのものにも、すでに人間が入っているとは、まだはっきり認識していなかった。

61点なのに「良い波」と言い切れなかった

岸近くで崩れる小さな白波。サーファーは少なく、派手さはない
セットなら乗れそうでも、横へ長く走れる感じではなかった

8月26日の早朝、柳島の海を見に行った。

午前5時の点数は57.8点、6時は61.7点。数字だけなら、朝はかなり期待できそうだった。

実際の海には、セットなら乗れそうな波がいくつか入っていた。ただし、ダンパー気味の波が多く、横へ長く走れる感じではない。サーファーも少なかった。

経験のある人が見れば、「あまり面白くない波」と評価するかもしれない。

一方で、当時の自分には扱いやすそうなサイズだった。これ以上大きくなれば、沖へ出る負担が増える。横へ長く走ることより、まずテイクオフを繰り返し練習したい自分にとっては、価値のある波にも見えた。

そこで「あれ?」と思った。

61点は高すぎるのだろうか。それとも、今の自分がサーフィンを成立させる条件として考えれば、間違いとは言い切れないのだろうか。

この日は実際には入水していない。海の中で感じる流れや波の力までは確認できていないため、最終的な体感点数は分からない。

それでも、岸から見ただけで一つの矛盾が見えた。

「良い波」と「今の自分に向いている波」は、同じではなかった。

点数は波質ではなく、成立しやすさだった

長く走れる波と、扱いやすい小波が同じ浜で並んでいる
同じ海でも、誰にとっての点数かで意味が分かれる

横へ走れるきれいなフェイスは、経験者には楽しい。

しかし、現在の自分にとっては、サイズが扱いやすいことや、沖へ出やすいこと、テイクオフを試せることにも大きな価値がある。

反対に、一般的には高評価になるサイズと周期でも、沖へ出られなければ自分のサーフィンは成立しない。

Surf-OKの点数が本当に表したかったものは、一般的な波の品質ではなく、「現在の対象者が、その条件でサーフィンを成立させやすいか」だったのだと思う。

当時の点数は、利用者ごとに変わるPersonal Scoreではない。会員ごとのスキルやボードを登録する仕組みもなかった。

ただし、誰にでも共通する中立的な点数でもなかった。自分の経験をもとに調整した、単一の「運営者基準」だった。

点数の後ろにも、人間がいた

海を見たあと、ノートを持つ手元。基準を直している途中
隠していたわけではない。自分でも、そう名付けていなかった

2月20日の「後ろに人間が見える」という言葉と、8月26日の海が、ここでつながった。

人間が見えるというのは、開発日記を書いて運営者の顔を出すことだけではない。

何を良いと感じるのか。何なら無理なく沖へ出られるのか。どんな練習をしたいのか。そうした作り手の身体や経験が、点数の基準にも入っていた。

それを隠したまま「波の良さを表す点数」と言えば、利用者を誤解させる。一方で、誰のどんな判断を支える点数なのか説明できれば、それはSurf-OKの特徴になるかもしれない。

将来、本当に利用者ごとの点数を出すなら、同じ予報でも初心者と経験者、ボードの違いによって結果が変わる仕組みが必要になる。

まだ、その作り方までは決まっていない。

ただ、点数の意味は見えた。

Surf-OKが採点したいのは、誰にとっても美しい「良い波」ではない。その人が今日、その海で、自分のサーフィンを成立させやすいか。

まだ、体感の点数は出ていない

ボードは砂浜に立てたまま。海には誰も入っていない
岸から見た範囲の話だ。入ってみたら、また違ったかもしれない

その朝、自分は海に入っていない。岸から見た範囲の話だ。だから「61点が間違っていた」とまでは言えない。

ダンパー気味で横に走りにくい、という印象と、今の自分には扱いやすいサイズ、という印象が、同時にあった。どちらを点数の本体にするかで、同じ海でも評価は分かれる。

入ってみたら、また違ったかもしれない。疲れ、流れ、セットの間隔。岸からは見えないものがある。

自分向けの点数を、他の人のスキルやボードまで含めて出すのは、まだこれからで、やり方も決まっていない。今の点数が、作っている自分の基準のままでいいのかも、自分の中で終わっていない。

分かったのは、一点だけだ。

点数の意味は、いつのまにか変わっていた。「良い波」ではなく、今の自分で成立させやすいか。始めたときの話の、いちばん大きな続きは、ここにあると思う。

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