夜中に、サーフィン用のサイトのことを思い出していた。いま作り直している最中で、これまでの紆余曲折をいくつか文章に残したいと思っていた。最初に浮かんだのは、新しい機能の話ではなかった。「波情報」という言葉をやめて、「波予報」にしたことだった。
日付で言うと、2025年の11月16日と12月16日。表の名前を揃え始めた日と、その理由が腹に落ちた日。あいだは一ヶ月しかない。あとから見ると、その一ヶ月でサイトの芯が決まっている。
始めた頃の話は、こちらの記事に残している。
最初は、言い回しの問題だと思っていた

Surf-OKは、自分がサーフィンへ行くかどうかを考えるために作っているサイトだ。波の高さ、風、周期を並べていたので、自分でも長く「波情報サイト」と呼んでいた。
湘南へ行く人なら、当日の海を知る媒体をすでに使っている。ウェブカメラ、実況、いまの写真。ああいう「今どうなっているか」は強い。自分が海へ向かう直前に見るものでもある。
だから最初は、同じ土俵に乗らなければ弱いのだと思っていた。今日の情報をもっと詳しく。いまの風も、現場の様子も。足りないのは情報量だ、と。
11月16日に、サイトの呼び方を「波予報」へ揃え始めたときも、まだその延長だったと思う。言葉を整えた。検索されやすい表記にした。そのときは、情報と予報の違いを、そこまでは分かっていなかった。
12月16日、時間軸だと気づいた

一ヶ月後、よく使われる波情報の媒体と自分のサイトを並べて見て、やっと分かった。勝敗は機能ではなかった。時間だった。
BCMは今日だ。いまの海を知るためのもの。
Surf-OKは明日以降だ。明日、明後日、週末。いつ行くかを考えるためのもの。
海へ行く直前は、今日が欲しい。休みの予定を組む夜は、明日が欲しい。自分が作りたかったのは、後者だった。当時はそう言い切る自信はなかった。カメラも、現地の空気も、自分にはない。あるのは、これから数日の波を並べることだけだった。今日の土俵で勝負しなくていい、と認めたかったわけではない。認めざるを得なかった、に近い。
当日の最終判断は、現地を見てからでいい。予報が現地の代わりになるわけではない。それは、画面の点数と目の前の白波が違っていた朝にも、あとから何度も確認することになる。
「波情報」のままだと、今日の土俵に引き戻される。名前が、作りたいものをずらす。だから「波予報」にした。言い換えではなく、土俵を降りるための名前だった。
名前を変えた理由が、その後の設計の芯になった

そのあと、詳しい波情報を出すサイトはすでに存在すると、改めて突き当たった朝がある。点数は高くても、自分は入りたくない。増やすべきなのはデータではなく、自分にとってどうなのか、だった。
いま振り返ると、あの朝の違和感も、12月16日の延長だったと思う。情報を足しても、今日の実況には勝てない。予報側に立つなら、並べ方と、見る人の事情のほうが先になる。
このサイトを育てたいと思えたのも、同じ線の上にある。辞典のようにポイントを並べるだけでなく、いつ行くかを考える場所にしたい、と思えるようになった。
ただし、当時はそこまで綺麗には言えていない。12月の時点で分かっていたのは、もっと短いことだけだ。BCMは今日。自分は明日以降。その一文が、あとから機能を足すたびに戻ってくる芯になった。
紹介ページだけを先に移そうとしてしっくりこなかった夜も、芯は同じだった。予報が本体なのに、場所の紹介だけ先に出せば、また「情報」の側へ戻ってしまう。最近、公開の本体を作り直すと決めた話も、そこに繋がっている。
まだ、答えは完成していない

名前を変えてから、季節がいくつか過ぎた。芯は使っている。完成したとは思っていない。
今日の実況を、ページのどこまで置いてよいか。予報と現地のズレを、どこまで説明するか。自分向けの点数は、まだ試している途中だ。
ただ、夜中にこれまでの話を振り返って、最初に書くべきだと思ったのはこの名前のことだった。機能の話より先に、土俵の話がある。波情報をやめて波予報にした。BCMは今日で、Surf-OKは明日以降。理由は、そのあとの設計全部の芯になっている。

コメント