Surf-OKを始めた経緯を書いた記事では、GASからPHPへ移したことを、ほとんど一行で済ませていた。
「最初はGoogle Apps Scriptで作っていましたが、より柔軟な機能を実現するため、PHP版に移行しました」
間違ってはいない。ただ、今になって読み返すと、ずいぶん整いすぎている。
実際には、そんなに合理的な技術選定ではなかった。収益化について相談していたはずが、気づけば柳島の波を判定するメールを作っていた。動くものができたら面白くなり、もっと作りたくなった。そのうち、最初に選んだ環境では窮屈になった。
あの頃に起きていたことは、「柔軟な機能」という一言だけでは残らない。
話していたのは、稼ぎ方のことだった

2025年10月6日、考えていたのは収益化だった。
お金を稼ぐことそのものに、どうしても情熱を持てない。理想の暮らしは、夏は湘南の海で過ごし、冬は暖かい海でサーフィンをすること。その暮らしを続けるための収入を、どう作ればいいのか。
いくつか案はあったはずだ。それでも、どれも自分の中で動き始める感じがしなかった。
ところが、話しているうちに「明日、海へ入れるかどうかを自動で知りたい」という、ずっと手元にあった問題へ話が移った。
波の高さ、周期、風向、潮位を取得する。それを自分なりの基準で判定し、朝のメールで知らせる。最初の対象は、自分が通っていた柳島だけだった。
事業計画を考えていたはずなのに、先にできたのは、自分一人の朝に届くメールだった。
この時点では、それが趣味なのか、商品の原型なのか、自分でも分かっていなかった。ただ、収益化の案を並べていたときより、実際にコードを動かしているときのほうが、明らかに気持ちが前へ進んでいた。
Surf-OKが自己分析から生まれた経緯は、以前の記事に残している。
最初は、柳島のメールだけで足りていた

最初からWebサイトを作ろうとしていたわけではない。
朝になれば、柳島の判定がメールで届く。それを見て、海へ行くかどうかを考えられる。自分のための道具としては、それで十分だった。
2025年10月14日頃には、生成AIと対話しながら開発すること自体が楽しくなっていた。
自分一人ではすぐに形にできなかったものが、ChatGPTやCursorとのやり取りを通して少しずつ動き始める。うまくいかない箇所を直し、メールの表示を整え、判定結果を確かめる。完成したメールだけでなく、仕組みを育てていく時間そのものに喜びがあった。
収益化できるかどうかは、まだ分からない。それでも、「これは続けたい」と思った。
最初の仮説は、メールで十分、だった。
自分の受信箱には届く。毎朝、自動で動く。必要な情報も見られる。しばらくは、それ以上のものが必要だとは思っていなかった。
けれど、他の人にも見せたいと思い始めると、急に狭くなった。
メールは届いた人しか見られない。検索して見つけてもらうことも、場所ごとのページを作ることも難しい。柳島だけなら収まっていた仕組みが、公開することを考えた途端に収まらなくなった。
GASが悪かったのではなく、作りたいものが変わった

GASでもWebアプリは作れる。メール送信や定期実行との相性もよく、最初の試作には十分だった。
だから、「GASではできないからPHPへ移した」と言い切るのは正確ではない。
変わったのは、こちらが作りたいものだった。
試す場所と公開する場所を分けたい。複数のサーフポイントを扱いたい。予報をデータとして蓄積したい。WordPressにも載せたい。メールBotの機能を増やすというより、公開できるサービスとして育てたくなっていた。
2025年10月25日、PHPとMySQLで作り直す方針を決めた。
きれいな移行ではなかった。同じものを別の言語へ写したというより、柳島のメールで見つけた考え方を、別の場所でもう一度組み立て直す作業だった。
10月28日頃には、GASから独立したPHP側の実装が動き始めた。ただし、この時点では、後にサイトの軸となる「波情報ではなく波予報」という整理も、まだできていない。
名前を変えた理由については、こちらの記事で振り返っている。
PHPへ移しても、完成したわけではなかった

PHPへ移したことで、できることは増えた。
複数ポイントへの対応やWordPressへの自動投稿も進み、メールだけだったものが、少しずつサイトらしくなっていった。
しかし、環境を変えれば正解になるわけではなかった。
毎日の波予報をWordPressの新しい記事として投稿するようにした結果、日付の付いた似た記事が増え続けた。自動投稿としては成功しているのに、予報サイトとしては使いにくくなっていく。
PHPへ移したあとにも、別の回り道が待っていた。
今なら、GAS版を失敗だったとは思わない。
柳島のメールがあったから、自分が作りたいものを具体的に知ることができた。PHPも最終回答ではない。作りたいものに合わせて、少し広い場所へ移っただけだった。
まだ、あのメールの続きを作っている

今朝、自分の中にあったのは、「まだだ、まだ終わらんよ」という気持ちだった。
少し大げさに聞こえるかもしれない。それでも、Surf-OKは今も完成していない。公開する場所も、予報の見せ方も、まだ作り直している途中だ。
次に実現したいのは、あの頃メールで受け取っていた判定を、サーフポイントのページを開いた先で、そのまま見られる形にすることだ。
柳島のメールから始まり、PHPへ移り、WordPressへ投稿し、また固定ページの形へ戻ろうとしている。まっすぐではなかった。
収益化の答えも、まだ出ていない。
ただ、稼ぎ方を相談していた夜に、偶然のように作り始めたものが、「本当にやりたいこと」へ変わった。その感覚だけは、今も変わっていない。
Surf-OKを作りながら迷い、試し、作り直している過程は、開発者ブログにまとめている。




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